セルゲイ・エイゼンシュテインの衣装デザインに関する研究 「アトラクションのモンタージュ」を中心に

栗田 哲希
2016
学科
大学院
受賞区分
芸術工学賞
備考

1. 研究背景と先行研究
 ソ連における演劇は革命のアジテーションやプロパガンダに用いられていた。衣装も重要な要素の一つと言える。私は、ロシア・アヴァンギャルドについて調べる中でセルゲイ・エイゼンシュテインの魅力的な衣装スケッチを知った。それに伴い、彼の論文「アトラクションのモンタージュ」にも興味を持った。この論文で、彼が観客のリアクションという「結果」のために「衣装」を考えていることを知った。
 先行研究として、衣装に関する記述はいくつか見つけられたが、衣装を中心にした研究はないといっても過言ではない。
2. 研究目的
 本研究の目的はエイゼンシュテインの書いた論文「アトラクションのモンタージュ」をヒントに、彼の衣装観を読み解くことである。
 この論文は、1923年に発表された演劇理論の解説である。ここでは、観客に一定の感情を起こさせるために、演劇の諸要素を組み合わせる考え方が提示されている。したがって、この研究によって、受け手の反応を想定した衣装観が考察できると考えられる。
 私は、彼の理論が普遍的であり現代にも共通点を持つ場合、現代衣服への考察にも新たな示唆を与えられると考えた。
3. 研究概要
 研究によって、「アトラクションのモンタージュ」で述べられている観客への効果を三つに分けることができた。本論では、この一連の流れを「記号的利用」と呼んだ。
 第一に、感覚的知覚である。論文には、アトラクション的な要素は「感覚的ないし心理作用を観客に及ぼす要素である」と述べられている。映画ストライキでは、スパイの顔にキツネが重なる演出により、観客の経験上のキツネのイメージをスパイの性格として認識させている。
 第二に、虚構性による誇張である。彼は、原作や現実的な表現を再現することを否定している。その代わりに、観客に与える印象を重視していた。例として、演劇「どんな賢者にもぬかりはある」の脚本家は現実的な劇を目指していた。しかし、エイゼンシュテインは、観客への衝撃に重きを置き、この劇にアクロバットなどを取り入れた。
 第三は、誇張による記号性である。衣装や演技は、虚構性によって観客に与える印象が誇張され記号的なものになる。「戦艦ポチョムキン」は1905年のロシア第一革命をもとに作られた。その映画には、階段から乳母車が転げていくシーンがある。この演出はエイゼンシュテインによる挿話であり、フィクションである。しかし、それによって「軍人の無慈悲さ」と「民衆の悲嘆」という記号が強調されている。
 第3章では「記号的利用」を映画・演劇の衣装に当てはめて考えた。しかし、そのまえに、本論でのアトラクションの解釈を整理した。「アトラクション」は、映画監督の篠田正浩の見解を参考にして、静から動へ場面が移る瞬間の転換点であるとした。本論では、それを「アトラクション的」シーンと呼び、その中の衣装を分析した。
 実際に衣装にも記号的利用と呼べるものがあった。戦艦ポチョムキンでは、水兵と将校の衣装の色の違いによって、感覚的に敵味方が区別できる。
 イワン雷帝では、黒いローブによって皇帝の伯母の邪悪性が誇張されている。しかし、史実によれば、伯母はこのような性格ではない。ここで衣装は、史実通りではない伯母の性格を誇張している。
 ストライキでは、異なる所属の衝突が効果的に描かれている。具体的には、労働者と軍人という所属を強調した描写が見られる。衣装を含む「身なり」は、その表現に効果的と言える。これにより、不揃いだが集団である労働者 と完璧な組織である軍人の対比が顕著になっている。
6. 結論
 研究の結果、衣装は役の内面を誇張して記号的に用いる描写に深く関わっていることがわかった。「アトラクション」は静的な場面が動的な場面へ移行するための引き金といえる。衣装は、その引き金に直接関与しないとしても、様々な演出と組み合わされその効果を底上げしていた。
 彼は虚構性をもたせることで記号的意味合いを強め、ものの本質を浮き彫りにしていたように思える。衣装においても、 役の性格や所属を誇張することは、役の内面つまり役の本質を前面に出していると考えられる。
 本質を明らかにしてく傾向は、ロシア・アヴァンギャルドが生きた1920 年代の思潮であったといっても過言ではない。
 同時期フランスのファッションにおいても、ガブリエル・シャネルはドレスにおける機能美の基本形を作り、マドレーヌ・ヴィオネは身体と衣服の関係を見つめ直した。どちらも今まで向き合われることのなかった素材や技法を用い、一方で女性の本質、もう一方で身体の本質へと焦点を当てたと言える。
 エイゼンシュテインの思考は、要素の機能に迫っていく姿勢と言える。また、機能は要素が内包する本質であると思われる。本質を明らかにしていくためのエイゼンシュテインの手法は普遍的であり、現代に生きる私たちにとっても共通している。 彼の思考は、ある環境下で衣服が衣装となるときに、我々が人をいかに惹きつけるかを考えるための鍵となるのではないだろうか。

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